定年後の生活
仕事をずっとしてきた人にとって、定年退職は人生の最大の転機です。仕事をとられたら何が残るのでしょうか。仕事と酒だったら、酒が残るのでしょう。社会的役割からの引退、会社で管理職だった人も定年をしたらただの人、一地域の住民ということになります。家庭の経済的中心でなくなる、早い話、大黒柱でなくなることです。
このような喪失感は、定年退職した人達には誰でもあるものと思いますが、仕事と酒だった人は酒の比重がぐんと増え、仕事だけの人にも、酒で喪失感をうめる人がでてくることはうなずけます。
しのびよるアルコール
定年前からよくお酒を飲んでいて、定年後にそれが加速され問題飲酒になった人。定年前はほどほどに飲んでいたが、定年後いっきに問題飲酒になった人。と定年後の問題飲酒にも大きく分けて2種類になりますが、どちらの場合もすでに高齢者の仲間入りをする年令です。若い時と同じように飲んでは大変危険です。
高齢者(60歳以上)は酒には弱い
年をとるにしたがって、体の脂肪量がふえその分、体に占める水分の割合が減少します。アルコールは水には非常に溶けやすいが、脂肪には溶けづらいという性質があります。ということは、体重当り同じ量のアルコールを飲んだとしても、飲酒後の血中アルコール濃度は若い世代より高くなってしまいます。若い時と同じ量を飲んでいても、体に対するダメージはより大きなものがあるのです。酒に弱くなっているということは、依存症にもその分なりやすくなっているという事です。
お酒は「うつ」を併発しやすい
大量の飲酒は「うつ」の原因になりやすい。また、高齢者は若年者より「うつ」になりやすい。ということは、高齢者の問題飲酒は「うつ」を併発しやすいということになります。
高齢問題飲酒者・ここが問題
(1) 定年前の社会的地位が逆効果
定年後に依存症になった人の場合、本人だけでなく家族さえも依存症とは認めないことがあります。それは、定年前の社会的地位の高い人ほど、アルコール依存症のイメージと自分とに大きなギャップを感じ「まさか私がアルコール依存症なんて」と認めづらいわけです。
(2) 問題飲酒者は表に出てこない
定年前なら一家の大黒柱ですから、家族が必死になったり、職場から指摘されたりして、通院したり自助グループに入会したりします。しかし、定年後ともなると家族が必死になりません。好きな酒ぐらい飲ましてあげようとか、まあいいだろうとか、ほっとおけ、ということになりがちです。病院に来られる時には、かなり症状が進んでいる場合が多いのです。
(3) 酒のせいか、慢性疾患のせいか区別がつきづらい
立派なアルコール依存症でも、慢性疾患の内科の病気と診断されることがあります。症状の区別がむずかしいからです。家族の人は、本人の状況をかくさずに医者に伝える必要があります。
(4) 酒を止める動機がうすい
定年前でしたら、酒をやめないと会社を首になる、酒を止め仕事をして社会復帰をしていく、という目標がありました。定年後にはこれがありません。家族も本人が酒を止めなくても、当分の間は困らないため、飲ますか、無関心を装うか、にしてしまいがちです。
さて、「定年後は酒を止める動機がうすい」と書きましたが、ほんとうでしょうか。もし、ほんとうなら定年後に断酒した人は非常に少ないことになります。
断酒会では、60歳をこえてから入会した人は全会員の16%もおります。この16%の人達は断酒継続をしております。また、定年前から入会して定年後も断酒継続している人をいれると、合計44%になります。(平成16年)
決断のキーワード
定年後の人の断酒決断、「きっかけ」はなにか哲学的なもの、難しいものと思っていました。体験談を聞いてみますとそうではなく、「孫・家族・健康・断酒例会」というごく身近な当たり前のものが、キーワードでありました。また、体験談にほとんど共通していることは、「きっかけ」が専門医療・断酒会が密接に関わっていることでありました。
決断にはベースがある
決断は「きっかけ」のみで実行されるのではなく、例えば人間らしく生きたいという基本的考えがベースにあり、これがだんだん成長してきて「きっかけ」が引き金となり決断にいたると考えられます。「きっかけ」は誰にでも訪れてくるものであります。しかし、個人のベースに差があるため、誰でもが決断するわけではないのです。
決断は「きっかけ」、ベースが低いと継続しない
決断の「きっかけ」はそう堅固なものではありません。「きっかけ」はなにかの事件です。その時点では衝撃として感じますが、それは時間とともに弱くなります。決断して、そして継続をしはじめた時期が一番重要なのです。決断の動機から継続の動機へと変化していく過程が大切なのです。つまりベースを厚くすることなのです。
定年後の人の決断・定年前の人の決断、の違い
定年後の人
やはり健康になりたい、という気持ちがベースにあります。が止める決断はしていません。断酒会に無理やり連れて来られて、仲間・体験談の影響で決断に至る人が多いです。
定年前の人
止めなければ会社を首になります。離婚されます。いろいろの交換条件があります。一応やめることが前提となっています。決断が出来て断酒会に来る人もいれば、そうでない人もいます。
このように、定年前では経済力(お金を稼ぐ義務)・一家の長として家族をまとめていく義務、つまり本人が持つべき働き・機能、という本人自身の「付帯事項」といってもいいものがあります。これに対して、定年後では「付帯事項」の存在が弱くなっていますので、「健康」など自分自身に動機が向けられます。
しかし考えてみますと、この定年後の「決断の動機」は定年前の「決断のきっかけ」ではなくて、いわゆる決断にいたる「ベース」そのものなのです。つまり、定年後の「決断の動機」は、定年前の付帯事項を抜きにした「ベース」へ直接いたるものなのです。
「付帯事項」であれば具体的でわかりやすいのです。すぐ影響がでるからです。また、誰にも共通した事項です。
しかし「自分自身」であれば、その人その人の価値観・人生観で違ってきます。定年後は「自分自身」の生き方次第で「決断の動機」が存在するのです。
家族のなかの自分の役割、地域社会での役割、断酒会での役割を果たすこと、そのためには健康でなくてはなりません。断酒継続をしないと健康は保てません。また断酒継続をするから、各役割を果たそうという気持ちが湧き上がってくるのです。この役割は定年後の「生きがい」そのものなのです。断酒会員の体験談から、定年後の生きがいを取り出してみましょう。
家族の中に自分の役割がある
孫とのコミュニケーション、年長者・苦労人・経験者として親戚の人達の相談相手、お風呂の掃除・洗濯物のとりいれ・たたみなどの家事など、家族のなかに立派な役割があります。
地域社会の中に自分の役割がある
町内会・自治会での役割、同好会・趣味の会での役割、地域のボランティア活動での役割、地元断酒会での役割、などその人に適した各役割があります。
役割とは何?
役割とは、役員などの地位にいることを指してはいません。例えば、自治会の会と自分との関わりがあれば役割があるわけです。この会をとおして社会との関わりができ、社会にたいしての役割があるわけです。断酒会では「新人は先生」という考え方があります。新入会員の体験談は古い会員にとっては新鮮で初心を思い出させるものです。新入会員はこのように立派な役割があるのです。
役割を果たすには、平穏な日々の暮らしがベースに
断酒会員にとって飲酒時代は、平穏な暮らしではありませんでした。食べる・眠ることもできませんでした。朝は二日酔いで何も口に入らない、連続飲酒になったら水もはいらなくなります。寝汗をかいて、眠ることも出来ませんでした。
朝ご飯がおいしい・良く寝られる、これだけでもうれしいものです。断酒継続して落ち着いてくると、健康で日々をくらしていくことだけにも、よろこびを感じてきます。この平穏な毎日には、あまりお金がかかっておりません。飲酒時代に使ったお金を考えれば、高い授業料ともいえないこともありません。
定年後の断酒会員のくらし
ある会員のくらしぶりをみてみましょう。家庭では風呂の掃除・家の修繕などが役割。うまく修繕すると奥さんがほめてくれるらしいです。地域では週1回身障者の送り迎えのボランティア活動。断酒会では前職をいかして会計の仕事をまかされています。また、全国に会がある断酒会の大会・研修会に顔を出し、全国にも友人が多い断酒生活をおくっております。
もちろん、奥さんも平凡・平穏なくらしを求めております。平穏なくらしを続けられるよう努力をしております。それは健康です。体を動かす、よく食べよく会話をすることをモットーとしているとのことです。